Wheeler-DeWitt方程式の困難と、ダークエネルギー
重力を量子化するさいは時間の問題が起こります。以下ではこの問題をWheeler-DeWitt方程式で端的に説明します。そして後半ではこの問題についての私の試行的アイデアについて説明します。だたし以下では普通と違って' primeが時間微分を表している事に注意してください。
Wheeler-DeWitt方程式とその時間の問題をおさらいしましょう。量子化をするためには正準理論を使うのが一般的です。Wheeler-DeWitt方程式に限らず重力の正準形式は普通ADM形式¥ref{ADM}により扱います。ADM形式では4次元時空の計量を
gμν =
( -N2+NiNj hij Nj
Ni hij )
と書きます。(行列は以上のように表記する事にします。)ここでは一様等方な宇宙のWheeler-DeWitt方程式を考えます。一様等方以外のfluctuationも考えたfullの理論でも、時間の問題は変わらないからです。その計量は規格化された局率を k として
ds2 = - dt2 + a2(t) ( dr2/(1 - kr2) + r2 dθ2 + r2 sin2 θ dφ2 )
です。この計量は「フリードマン・ルメートル・ロバートソン・ウォーカー計量」または省略して、FLRW計量ないし「ロバートソン・ウォーカー計量」と呼ばれている。この計量はADM形式の Ni = 0,
hij =
( a2/(1 - kr2) 0 0
0 a2r2 0
0 0 a2r2sin2 θ ) (1)
に相当します。このときLagrangianは(計算は結構大変ですが)
L = ∫d3x √{-g} R = ∫d3x N√h ( 3R - K2 + (Kij)2 )
となります。ここでは Kij = hij' /2N で Kij = hikhjlKkl , K = hijKij です。さらに積分を実行すると
L = 6 (N k a - a a'2 /N)
となります。(以降係数6は省略します。)
さて量子論に移行するためには正準形式に移行する必要があります。(正準交換関係により量子化するという考えはDiracに発します。)この系に対する正準運動量は
Π = δL/δN' = 0
π = δL/δa' = - 2 a a' /N
となります。ここでΠは自由でなく、Π = 0 という条件が恒常的に成り立ちます。こののような条件を拘束条件、そしてこのように正準変数のうちに自由ではないようなものがある系を拘束系といいます。
拘束系の正準理論をどのようにしたら良いのか、Diracの考え[2]を今の場合にそって簡略に紹介します。まずHamiltonianは普通に H = Π N' + π a' - L によって定義します。すると
H = N ( k a - π2/a )
このHamilton下でΠ = 0が矛盾無くずっと成り立っていなければなりませんから、
0 = Π' = dH/dN = ( k a - π2/a ) ≡ φ
と拘束条件が増えます。このような無矛盾性の条件からでた新たな拘束条件を2次拘束条件といいます。これを繰り返し拘束条件が打ち止めになったところで、出てきた方程式の組はEuler-Lagrange方程式と一致します。古典論の場合はこれで正準形式が完成です。
しかし量子論では問題が起きます。Wheeler-DeWitt方程式では任意の状態 |ψ〉に対して拘束条件が成り立つと考えます[3]:
Π |ψ〉= 0
φ |ψ〉= 0
重力の場合はこの条件のせいで
H |ψ〉= 0
となってしまい、Hamiltonianによって時間発展させても状態は変化しないということになります。これでは実質時間がないような物です。これが量子重力における時間の問題です。
以上はこの問題の標準的な理解ですが、ここから試論にはいります。この時間の問題に対して、ここでは g00 = N にかわり ∫dt N = T という変数を導入することをを提案します。これは、系内の存在に取っての主観時間のようなものです。この変数によりLagrangianは
L = (dT/dt)( - a (dt/dT)2 a'2 + k a )
となります。これは1次元粒子や2次元物体であるstring theoryでのパラメトライズの仕方と同じで奇矯な物ではありません。(普通にゲージ固定するのでなく、拘束条件を状態に課すというアイデアをstringに適用したものは[4]となります。つまり普通のstringのパラメトライズの方法と普通のWdWのアイデアをつないだ物は普通のstring theoryより困難が少なくなります。)この変数Tは時空の局所座標とみなすこともでしますし、時空多様体のchartとみなすこともできます。
これを正準形式に移行します。
Π = δL /δT' = a (dt/dT)2 a'2 + k a
π = δL/δa'= - 2 a a' /N
ここで
Π + π2/4a = ka
という条件が時間によらず成り立つので、この系は拘束系です。さらに定義 H = Π N' + π a - L により
H = 0
です。これ以上のconsistency conditionがでることはないことは簡単にわかります。ここでWdWのアイデアを適用すると波動関数に関する方程式は
(∂/∂T + π2/4a - ka) |ψ〉= 0
となります。見ての通り、時間変数TについてのSchroedinger方程式という物理的解釈ができます。ゲージ変換による不定性をもつ t とNとはちがい、Tについては物理的に意味のある式になる訳です。
なぜこちらの方法の方がうまくいくのか考えてみますと、重力というのはmetricの力学というよりも、むしろ多様体の(局所座標系の)dynamicsと考えた方が適切だからかもしれません。もし、我々の曲がった時空を高次元の空間への埋め込みによる物であると理解した場合はこの変数の方がより自然かもしれません。
この新しい方法がもたらす結果をみて見ましょう。まず前者の普通の方法では運動方程式は
a a'2 / N2 + ka = λa3/3
となります。対してこの方法では
a a'2 / N2 + ka = λa3/3 + Π
となることです。(簡単のためにk=0のときのみ書きました。)前者の解はde Sitter spaceという名で知られていて
a'2/a2 = λ/3
の解 a = exp √{λ/3} t が答えなのに対して、後者は
a'2/a2 = λ/3 + Π/a
の解になります。つまりΠが正であれば従来の理論よりも余分に膨張することが分ります。
このように我々の方法はEinstein方程式と異なった答えを出しています。普通ならば、既存理論から逸脱したらその理論を放棄したくなるところですが、現在は宇宙論において過剰な膨張傾向を説明するために、ダークエネルギー、つまり何らかのアインシュタイン重力からの逸脱が、考察されているところです。そして、この理論では理論に新しい物質や機構を加えずに最小の変更でこの宇宙論的問題に答える事が出来ます。
とここまで書いて来たけど、ちょっと気がかりなのは一般座標不変性が成り立っているかということ。なぜならば方程式の違いは実はEinstein方程式のうちR_{00}の方程式が無くてR_{ii}とかは保たれているという形だからだ。しかし一方、この考え方というのは時空多様体のチャートの局所座標を変数とした不変な作用をもとにしている事からすると一般座標不変性を壊せるはずがない。この辺りについてはいずれ調べたいと思う。
[1] Arnowitt, R.; Deser, S.; Misner, C. (1959). "Dynamical Structure and Definition of Energy in General Relativity". Physical Review 116 (5): 1322?1330.
[2'] P.A.M. Dirac, Lectures on Quantum Mechanics (Belfer Graduate School of Science, Yeshiva Univ., 1964)
[3] 通常、拘束系の量子化は、Lagrangianでゲージ固定をしたり、正準形式でゲージ固定してDirac括弧に持っていったりします。拘束条件をSchroedinger方程式のように考えるというWheeler-DeWittのアイデアは、量子重力以外の文脈では見かけた事がありません。
[4] T. Mogami, Quantization of Nambu-Goto Action in Four Dimensions, arXiv:1005.2726.
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