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軸索伝送のノイズ?

「知能の物理学」(D フォックス、日経サイエンス2011 10月)に、こんな事が書かれていた(p52):



...この細さになると、軸索に含まれるイオンチャネルはごくわずかとなり、ニューロンに発火するつもりがなくても、たった1個のチャネルが偶然に開いただけで軸索がシグナルを運んでしまう事がある(49ページ囲みを参照)。

脳内の最も細い軸索は、おそらく1秒間に6回ほどこうした偶発的な“しゃっくり”をしている。さらにもう少し細くすると、1秒間に100回以上も無駄口をたたくようになるだろう。「大脳皮質のニューロンは、物理的限界にかなり近い状態の軸索で稼動している」とラフリンは結論づける。

で、物理的限界と言うのは面白い視点だし、
いままで知らなかったのを意外に思って調べてみたら、以下の論文が該当すると思う。

Stochastic simulations on the reliability of action potential propagation in thin axons.
Faisal AA, Laughlin SB. PLoS Comput Biol. 2007 May;3(5):e79.

Ion-channel noise places limits on the miniaturization of the brain's wiring.
Faisal AA, White JA, Laughlin SB. Curr Biol. 2005 Jun 21;15(12):1143-9.

で、これらはシミュレーションの結果にすぎなかった。とすると確かな話という訳ではない。生体には意外なことが起こっていることがあるし、生物のシミュレーションには実験的にわかってない定数とかがよくあるので、シミュレーションだけでは信用せず、実験を待ったほうがよいと思う。

特に、電位感受性イオンチャンネルの反応は、ほかのチャンネルが開いたらこっちも開きやすくなるという相互に促進する、つまり非線形の過程だ。そして、数日前に書いたように生物の中には量子的な重ね合わせが効いている可能性があることも考えると、チャンネルの開閉が量子的な重ね合わせになり、古典的にかなり渋いチャンネルが、均等にそして古典的にかかる電位により意外と簡単に開くことができる可能性がある。すると古典的な渋さつまりノイズの少なさと、量子的ななめらかな遷移と開きやすさが両立できたりするかもしれない。

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シナプスの可塑性は量子的だろう

この話は論文に書こうと思っていたけど、何年も書く暇もないので、いっその事ここに書いてしまおう。

問題:状態数が少なければ、沢山の事象の正確な統計値を求めることはできない。たとえば、もし手許に10bitのカウンターしかないとすると、100万個くらいやってくるスパイクの数を正確に数えることはできない。

同様のことはシナプスにおいても問題である。

一つのシナプスには平均20Hzくらいでスパイクがやってくる、そしてその錐体細胞は平均的に20Hzくらいでスパイクを発火する。そして多数のシナプスの入力が細胞を発火させたとき、入力のあったシナプスが強化される(Hebb則)。ラフな計算として、一致検出ののtime windowは、とりあえず5msで入力のスパイクも出力のスパイクもランダムだとすると、一秒間に2回の強化が起こることになる。(実際はどちらもランダムではなく、意味のあるところに固まってくるので、もっと1ケタくらいは高いはずである。)

1年はおよそ1千万秒なので、その間に2千万回のシナプス強化のイベントがありうる。そしてたとえば、幼児における1次視覚野の発達には2年くらいかかるので、およそ4千万のイベントがシナプスの強化/減弱には関係する必要がある。

一方シナプスは1μmくらいと小さいのでその上には1万個くらいのレセプターしか乗っかることができない。(例えばAMPAレセプターは直径14nmくらいだから。)

1万個くらいしかなければ1万程度の状態しか持つ事ができない。なぜならシナプスの増強の程度は例えばレセプターのリン酸化されてる/されてない、レセプター分子がシナプス膜にある/ないなどによって決まるが、これは個数しか意味がないからである。(また、可塑性にはシナプスのスパインの形態変化(大きくなったり、短くなったり)も関係するがこれもスパイン部分の膜に対する構造タンパクの挿入などによるはずでやはり個数のみが問題で、状態数の小ささの問題は同じであろうと考えられる。)

(ただし、正確に言えばeventを100万分の一の精度で数え切る必要はない。確率的に起こる事象であれば100万のサンプルで1/1000程度の揺らぎがあるので、1/1000程度の精度があれば充分である。しかし、その精度を出すためにはやはりeventを無視せずに全数を数えるしかない。)

この問題に対する仮説はさしあたり三つ考えることができる。

1) タンパク質が挿入されているか/いないか、タンパク質がリン酸化されているか/いないか、などは量子的状態であり、連続的な中間がある。

このばあい、このような量子的状態は壊れないかが問題になる。

量子状態が壊れる原因としてまず浮かぶのは、観測である。たとえば、神経伝達物質がやって来た時にそのシナプスの膜を通して電荷が通り、その結果として古典的現象である発火が起こる。これは一種の観測と考えられるのではなかろうか?そうすれば量子的重ね合わせは失われる。
しかし、これは大丈夫であろう。なぜなら個々のシナプスの細胞の発火への寄与は小さいからだ。発火した時、どのシナプスがどの程度寄与しているかはほとんど分からない。よってこれは観測としては極めてマイルドなものにしかならないだろう。

量子的状態が壊れるもう一つの原因は熱化だ。これは昨日の生物でcohereneceが保たれている例が助けになると思う。

2) 歯車のようになっている。

時計の長針と短針のように歯車によって一定の比で分周するようになっていれば組み合わせにより状態数を飛躍的に増やすことができる。例えば、もしあるレセプターAが10個リン酸化された状態が1日続けば、レセプターAが(確率的に)1個挿入される。このような仕組みがあればちょうど歯車の仕組みと同じく状態数を増やすことができる。あるいはレセプターの数に対応して、spineのshaftの太さが変わるとか。

ただし、このような仕組みはそれなりにありうるとはいえ、今までのところまったく知られていない。

3) ある程度regularにやってくるのなら単位時間あたりの平均値に従って計数値から1ずつ引いていくことでも実現できる。

ただし、視覚的体験が一様とはとても言えないのではないかと思う。


とりあえず考えられる仕組みは以上であるが、もしコヒーレンスが生体内で壊れずに保たれるのなら、1番目がはるかに単純で、コストが少なく、正確でノイズが少ないということを指摘するにとどめる。

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生物内での量子もつれ

「シュレーディンガーの鳥」(V. ヴェドラル、日経サイエンス2011 10月, p34)

タイトルは不適切で、巨視的な重ね合わせ状態の問題ではないけど、知らない話だったので興味深く読んだ。生物の体内に量子もつれ状態が存在するという話。生物のように温かくて、水をはじめすべての分子が熱運動して衝突したりしている環境でそんなに長く量子コヒーレンスが保たれるのは本当だとしたら驚きだ。(タンパク質に包まれて保護されているのかな?)

ある種の渡り鳥が地磁気を感じるのは、目の中にスピンがゼロの(つまり、もつれた)電子の対があってこの片方が可視光を吸収するときに量子もつれのせいで磁場の影響を受けるのだ、という理論的計算にもとづく仮説をのべている。人間が作った量子もつれは50マイクロ秒が記録らしいが、これは100マイクロ秒も続くだろうとのこと。

また別の著者による囲み記事によると:


2007年にフレミングらは、緑色硫黄細菌において、光合成の最初のステップで働く色素タンパク質複合体の中の色素の励起エネルギーが、相反する状態を同時に実現する「量子的重ね合わせ」を保ったまま輸送されることを見出した。
(中略)
もともと光合成研究においては、なぜ生物がこれほどに高い効率で光を利用できるのかが、積年の難問となっていた。(略)太陽光の強度が弱い場合には、集光アンテナで捕獲された光エネルギーが色素分子の電子励起エネルギーに変換され、ほぼ100%の効率で反応中心というタンパク質に運ばれる。

という具合に、効率のよい量子的重ね合わせの話がある。おそらく次の論文のことだろう:

Evidence for wavelike energy transfer through quantum coherence in photosynthetic systems.
Engel GS, Calhoun TR, Read EL, Ahn TK, Mancal T, Cheng YC, Blankenship RE, Fleming GR. Nature. 2007 Apr 12;446(7137):782-6.

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