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人は勝てる相手にしか怒らない---そして怒りの存在意義について

怒りなどと言う感情はなんの役に立っているのだろうか。いいことなんて無いじゃ無いか。という意見は時々見かける。(たとえば、怒るメリットって何かあるんだろうか - 諏訪耕平の研究メモ

そうでもないと私は思う。

怒りは、自分の存在を侵害するものに対して戦いを開始するための感情だ。

動物にとっては存在に対する侵害とは肉体を損壊することだ。それは危険な他の動物としてやってくる。そのとき動物はまず相手が勝てる相手か見極め、勝てないと判断したら恐怖を感じて逃げ出す。反対に勝てる相手だと判断したら、怒りを起こす。人間の場合は肉体の損壊が危ぶまれるような状況はあまり無く、存在に対する侵害というのは大抵の場合、精神的なものだけど。たとえば自分のプライドが傷つけられたり、自分の信念が揺らいだりだ。

だから
人は「怒っても大丈夫」と確認してから,怒る。 - 諏訪耕平の研究メモ
の記事が言うように、怒りを発する一歩手前に人は、というか動物でさえ、一瞬「おれはこいつに勝てるのか」と本能的に値踏みをするようにできている。

人のプライドや信念は意外と簡単なことで傷付く。たとえば自分より劣っていると思った相手が最近成長してきて自分を追いこしそうだとか、ファッションにうるさい人にとってはださい格好をした人が受け入れられているとか、自説への反論を妙に自信たっぷりにされて一瞬心の中で揺らいだたとか。こういう時相手に勝てそうだと思ったら人は怒りを爆発させる。

で、動物にとっては必要だけど、人間に必要なのかというと、このようなプライドや信念の些細な危機くらいでいちいち怒る必要はないだろう。当人にとってはそれで勝ったら気持ちいいかも知れないけど、全体最適とはいえないだろう。

人間にとって怒りが意味を持つ状況はたとえば、権力が人権の抑圧や残虐をすることに怒るという場合くらいじゃないかな。そこで上で言及したエントリの

田中芳樹さんだったかな,「悪に対して腹を立てないというのは人間らしくない」というようなことを書いておられたのは印象的だったんですが,

という言葉が意義をもつ事になる。

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