著作権者には本気で金儲けのことを考えてほしい

著作権の改良について考えたりすると、(特に小説だけど)著作権者の団体にはどうも話が通じそうにない感じがする。その通じ無さそうな感じについて考えていたら、要するに:

彼らはお金を儲けることに本当に本気ではないのだ

と考えるに至った。

本当に1円でも多くお金を儲ける事を考えていれば、著者の思い入れによる許諾ではなく、JASRACのような報酬請求権にした方が良い。また、許諾権や人格権などを恣意的に振り回すよりも、どのような条件でのみ権利が発動するか先に述べてしまう方が安心して計画がたてられるので利用が促進されやすい。

保護期間を短くする事だけは賛成してくれ無さそうだけど、登録制には賛成してくれるはずだ。現状だと著作権者をさがすだけで数万円くらいの事務コストがかかりかねないけど、登録してくれれば予想される利益が数万円とか小さなものの利用も促進されるだろう。

なぜ金もうけ以外の事ばかり気にするのかの理由は分からないが、本当に本気でお金を1円でも多く儲ける事を考えて欲しい。合理的な人間とは交渉がしやすいのだから。


ちょっと背景説明:

JASRACは著作権者の権利を制限するための団体だ。

というと、ちょっと驚くと思う。普段のニュースを見ていると、無理っぽい理屈で権利を拡大しようとする団体のように見えてしまうから。

しかしJASRACの本質は権利の制限にある。著作権は許諾権の形をしている。つまり著作者が個々の利用者に対して使ってよいかどうか決める権利がある。しかしJASRACに預けられた曲では、権利者は使って良いかどうかきめる事はできない。そしてJASRACは誰の使用に対してもOKというが、その代わりに「ゼニをくれ」という。使い方も使う人も取る金額も自由にきめる権利が著作権者にはもともとあったのに、JASRAC下では一定額の報酬を請求する権利だけになってしまうのだ。

そしてこのように権利が制限される事によってむしろ利用は促進され、権利者に入るお金は増える。そうでなければ、利用しようとした人はいちいち権利者の連絡先をさがし、交渉し、払い込みの方法をしらべとかしないといけない。そのコストは今よりずっと大きくなるので、よほど利益が出るのが確かでなければ交渉しようとすらしないだろう。
もっと極端に言えば、原理的には着信メロディをDLしようとする度に作曲者が許可をしたり、あるいは曲ごとにライセンスが違うとか起こりうるわけで、そんななら歌などこの世からなくなるだろう。

これがJASRACの存在意義である。


さらに蛇足で言うと、日本では本などの著作では著者がそのまま権利を持っている。対して欧米ではエージェントに預ける物らしい。そうする事によって二次著作も含めた利用が促進できるのだろう。(つーか、アマゾンが黒船よろしく権利の一括管理を求めて来たのはそういう理由だろう。)

このように本と、音楽で大きく運用が異なっているのは、音楽は世の中のあちこちで何万と言う演奏と言う形で利用が起こるのに対して、本の場合は印刷というのは一つの作品に対して(文庫化などを含めて)数回しか行われないので著者と直接交渉するコストが全体の中で小さかったからだろう。

しかし、今はインターネットなどで万単位でカジュアルなコピーが生じるので音楽と同様の方法に移行するのがどちらの為にもなると思う。絵でも写真でもネットにアップロードしました、100万ダウンロードされましたという時に、JASRAC同様に「毎度ありがとうございました、1枚1円、100万円になります」と来る方が、悪質な人だけを気まぐれにねらい撃ちするよりも効果があるし、いきなり犯罪者になるよりよいし、また著作者にもお金が入って良いのではないかな。

というわけでまず音楽以外(本とか絵とか写真とか)の著作権者達がまずするべきはJASRACのような金もうけに一生懸命なagentを作る事だと思う。

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軸索伝送のノイズ?

「知能の物理学」(D フォックス、日経サイエンス2011 10月)に、こんな事が書かれていた(p52):



...この細さになると、軸索に含まれるイオンチャネルはごくわずかとなり、ニューロンに発火するつもりがなくても、たった1個のチャネルが偶然に開いただけで軸索がシグナルを運んでしまう事がある(49ページ囲みを参照)。

脳内の最も細い軸索は、おそらく1秒間に6回ほどこうした偶発的な“しゃっくり”をしている。さらにもう少し細くすると、1秒間に100回以上も無駄口をたたくようになるだろう。「大脳皮質のニューロンは、物理的限界にかなり近い状態の軸索で稼動している」とラフリンは結論づける。

で、物理的限界と言うのは面白い視点だし、
いままで知らなかったのを意外に思って調べてみたら、以下の論文が該当すると思う。

Stochastic simulations on the reliability of action potential propagation in thin axons.
Faisal AA, Laughlin SB. PLoS Comput Biol. 2007 May;3(5):e79.

Ion-channel noise places limits on the miniaturization of the brain's wiring.
Faisal AA, White JA, Laughlin SB. Curr Biol. 2005 Jun 21;15(12):1143-9.

で、これらはシミュレーションの結果にすぎなかった。とすると確かな話という訳ではない。生体には意外なことが起こっていることがあるし、生物のシミュレーションには実験的にわかってない定数とかがよくあるので、シミュレーションだけでは信用せず、実験を待ったほうがよいと思う。

特に、電位感受性イオンチャンネルの反応は、ほかのチャンネルが開いたらこっちも開きやすくなるという相互に促進する、つまり非線形の過程だ。そして、数日前に書いたように生物の中には量子的な重ね合わせが効いている可能性があることも考えると、チャンネルの開閉が量子的な重ね合わせになり、古典的にかなり渋いチャンネルが、均等にそして古典的にかかる電位により意外と簡単に開くことができる可能性がある。すると古典的な渋さつまりノイズの少なさと、量子的ななめらかな遷移と開きやすさが両立できたりするかもしれない。

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シナプスの可塑性は量子的だろう

この話は論文に書こうと思っていたけど、何年も書く暇もないので、いっその事ここに書いてしまおう。

問題:状態数が少なければ、沢山の事象の正確な統計値を求めることはできない。たとえば、もし手許に10bitのカウンターしかないとすると、100万個くらいやってくるスパイクの数を正確に数えることはできない。

同様のことはシナプスにおいても問題である。

一つのシナプスには平均20Hzくらいでスパイクがやってくる、そしてその錐体細胞は平均的に20Hzくらいでスパイクを発火する。そして多数のシナプスの入力が細胞を発火させたとき、入力のあったシナプスが強化される(Hebb則)。ラフな計算として、一致検出ののtime windowは、とりあえず5msで入力のスパイクも出力のスパイクもランダムだとすると、一秒間に2回の強化が起こることになる。(実際はどちらもランダムではなく、意味のあるところに固まってくるので、もっと1ケタくらいは高いはずである。)

1年はおよそ1千万秒なので、その間に2千万回のシナプス強化のイベントがありうる。そしてたとえば、幼児における1次視覚野の発達には2年くらいかかるので、およそ4千万のイベントがシナプスの強化/減弱には関係する必要がある。

一方シナプスは1μmくらいと小さいのでその上には1万個くらいのレセプターしか乗っかることができない。(例えばAMPAレセプターは直径14nmくらいだから。)

1万個くらいしかなければ1万程度の状態しか持つ事ができない。なぜならシナプスの増強の程度は例えばレセプターのリン酸化されてる/されてない、レセプター分子がシナプス膜にある/ないなどによって決まるが、これは個数しか意味がないからである。(また、可塑性にはシナプスのスパインの形態変化(大きくなったり、短くなったり)も関係するがこれもスパイン部分の膜に対する構造タンパクの挿入などによるはずでやはり個数のみが問題で、状態数の小ささの問題は同じであろうと考えられる。)

(ただし、正確に言えばeventを100万分の一の精度で数え切る必要はない。確率的に起こる事象であれば100万のサンプルで1/1000程度の揺らぎがあるので、1/1000程度の精度があれば充分である。しかし、その精度を出すためにはやはりeventを無視せずに全数を数えるしかない。)

この問題に対する仮説はさしあたり三つ考えることができる。

1) タンパク質が挿入されているか/いないか、タンパク質がリン酸化されているか/いないか、などは量子的状態であり、連続的な中間がある。

このばあい、このような量子的状態は壊れないかが問題になる。

量子状態が壊れる原因としてまず浮かぶのは、観測である。たとえば、神経伝達物質がやって来た時にそのシナプスの膜を通して電荷が通り、その結果として古典的現象である発火が起こる。これは一種の観測と考えられるのではなかろうか?そうすれば量子的重ね合わせは失われる。
しかし、これは大丈夫であろう。なぜなら個々のシナプスの細胞の発火への寄与は小さいからだ。発火した時、どのシナプスがどの程度寄与しているかはほとんど分からない。よってこれは観測としては極めてマイルドなものにしかならないだろう。

量子的状態が壊れるもう一つの原因は熱化だ。これは昨日の生物でcohereneceが保たれている例が助けになると思う。

2) 歯車のようになっている。

時計の長針と短針のように歯車によって一定の比で分周するようになっていれば組み合わせにより状態数を飛躍的に増やすことができる。例えば、もしあるレセプターAが10個リン酸化された状態が1日続けば、レセプターAが(確率的に)1個挿入される。このような仕組みがあればちょうど歯車の仕組みと同じく状態数を増やすことができる。あるいはレセプターの数に対応して、spineのshaftの太さが変わるとか。

ただし、このような仕組みはそれなりにありうるとはいえ、今までのところまったく知られていない。

3) ある程度regularにやってくるのなら単位時間あたりの平均値に従って計数値から1ずつ引いていくことでも実現できる。

ただし、視覚的体験が一様とはとても言えないのではないかと思う。


とりあえず考えられる仕組みは以上であるが、もしコヒーレンスが生体内で壊れずに保たれるのなら、1番目がはるかに単純で、コストが少なく、正確でノイズが少ないということを指摘するにとどめる。

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生物内での量子もつれ

「シュレーディンガーの鳥」(V. ヴェドラル、日経サイエンス2011 10月, p34)

タイトルは不適切で、巨視的な重ね合わせ状態の問題ではないけど、知らない話だったので興味深く読んだ。生物の体内に量子もつれ状態が存在するという話。生物のように温かくて、水をはじめすべての分子が熱運動して衝突したりしている環境でそんなに長く量子コヒーレンスが保たれるのは本当だとしたら驚きだ。(タンパク質に包まれて保護されているのかな?)

ある種の渡り鳥が地磁気を感じるのは、目の中にスピンがゼロの(つまり、もつれた)電子の対があってこの片方が可視光を吸収するときに量子もつれのせいで磁場の影響を受けるのだ、という理論的計算にもとづく仮説をのべている。人間が作った量子もつれは50マイクロ秒が記録らしいが、これは100マイクロ秒も続くだろうとのこと。

また別の著者による囲み記事によると:


2007年にフレミングらは、緑色硫黄細菌において、光合成の最初のステップで働く色素タンパク質複合体の中の色素の励起エネルギーが、相反する状態を同時に実現する「量子的重ね合わせ」を保ったまま輸送されることを見出した。
(中略)
もともと光合成研究においては、なぜ生物がこれほどに高い効率で光を利用できるのかが、積年の難問となっていた。(略)太陽光の強度が弱い場合には、集光アンテナで捕獲された光エネルギーが色素分子の電子励起エネルギーに変換され、ほぼ100%の効率で反応中心というタンパク質に運ばれる。

という具合に、効率のよい量子的重ね合わせの話がある。おそらく次の論文のことだろう:

Evidence for wavelike energy transfer through quantum coherence in photosynthetic systems.
Engel GS, Calhoun TR, Read EL, Ahn TK, Mancal T, Cheng YC, Blankenship RE, Fleming GR. Nature. 2007 Apr 12;446(7137):782-6.

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現実のアプリケーションはこれからも勝手に疎結合になっていく ---そしてmap-reduceこそが並列処理の王道

まあ以下の文章をダシにする必要は無い内容になっちゃったけど:

さてHadoop関連の某セミナーへの参加者が900人を越えたそうです。個人的にはHadoopを必要としている人、またはHadoopに関わる人というのはそれほど多くないと思うのですがね。HadoopのもととなったMapReduceは良くも悪くも、きわめて癖が強い分散処理手法。それをベースにしたHadoopも当然、汎用的なシステムではなく、データ特性や処理内容を選びます。どちらかというと既存のデータ処理に問題を抱えている方で、その中で問題解決にHadoopがたまたま向いている方になると思うのですがね。

それとHadoopを使うと分散システムは様々な難しい問題を解決すると思っている方が多いのも気になります。分散システムのは難しい問題のほとんどは、元を辿れば通信遅延に起因します。つまりコンピュータ間で情報共有する場合、他のコンピュータに関しては恒に過去の情報しか知り得ないということです。これは光が有限速度で進むのと同じで、物理的制約なので根本的に解決することはできず、その通信遅延の影響を見えないようにするのが限界です。

佐藤一郎:web日記(9/13)

「MapReduceが極めて癖が強い」と言うのは適用できるデータや処理内容の範囲がせまいという意味なのだろうけど、それは違うと思う。map-reduceで処理できる範囲と言うのは、実はかなり大きいのではないか。(ここで、正確に言うと私はmapReduceの中身まで知っているわけではないので、ここではmapとreduceで解ける並列的な問題という意味でmap-reduceと言う。)

大きな計算量を必要とする問題は三つに分類できると思う。効率のよいアルゴリズムが存在しそれを上手に並列に分解する方法が分かっている問題、効率のよいアルゴリズムが存在するけど上手に並列化できない問題、効率のよいアルゴリズムが存在せず総当たりせざるをえない問題。
上手に並列化できる問題とは、つまり問題を疎結合にすることに成功した問題であり、疎結合の極限がmapだ。少し工夫すれば極限でなくともある程度mapにできるだろう。また反対に上手なアルゴリズムが見つかっていない問題と言うのは総当たりで解かざるをえない問題だが、総当たりもmap-reduceに適している。つまり両方の極端が適している。

さて、振り返ってみれば、昔80年代だって並列マシン特に万単位のマイクロプロセッサからなる並列マシンは構想されていた。で、その時はとても実用にならないとして捨てられていた。

しかしいま、まさに実用になっている。で、それは何か並列処理の理論にブレークスルーがあったか?No. ブレークスルーなどない。ハードウェアの進歩のせいか?No. CPUのクロックに対する通信レイテンシやband widthの比はむしろ悪化している。ではなぜ?

単にプロセッサの能力が上がって問題の規模が上がったために問題の方が疎結合になったからだ。現実世界の問題は大きくなる程、疎結合になる傾向があるからだ。昔のアプリケーションは皆問題が小さかった、だから密結合だったのだ。

例えば単純に3次元空間の中で時間発展する流体力学のような問題を考える。CPUの能力が16倍になると、メッシュを時間空間方向に2倍にすることができる。CPUは3次元空間と同じトポロジで隣のCPUとやり取りすれば良い。すると通信量は、表面積4倍時間2倍で、8倍になる。すると通信量/計算量の比は減少していることになる。

LINPACKベンチマークとして使われる行列演算でさえ同じように行列が大きくなると疎結合になりマルチプロセッサに分解しやすくなる傾向がある。

こんな感じで問題の疎結合性は年とともに勝手に上がっている。またデータマイニングなどの近年新しく登場したアプリケーションなども疎結合の傾向がある。

どうも現実世界の問題と言うのは計算量が巨大になる程、疎結合になって並列な問題に分解しやすくなるのは一般的な傾向であるようだ。

それは生物にさえ言える。たとえば、ネズミの脳と人間の脳をくらべてみる。人間が17cmくらいかな、ラットの脳は1.2cmくらい。人間の脳の体積は2000倍くらいある。ここで皮質の面積は長さの2乗で効く、そして体積は長さの3乗で効くのが基本だ。表面には皮質が、内部の体積には白質つまり配線がある。従って神経細胞に対して繊維の量が1.5乗で増えることになる。実際には、ラットにはしわがないのに対して、人間のにはしわがあるので、さらに落ちる。知らないけど多分1.3乗とかそんな感じ。
で、繊維が脳の全体に対して投射しているとすると、繊維の長さは脳全体の長さに比例するから、繊維の本数は(繊維の体積/繊維の長さ)でなんと0.3乗に比例することになってしまう。神経細胞が演算、繊維が通信に対応するとすると、やはり通信/演算は 0.3 - 2 乗以下だということになる。これは恐ろしいほど疎結合だ。実際には一つのニューロンが受けるシナプスの数はむしろわずかに増えていることから長距離の投射はなくて、近距離の投射が人間では増えていることを示している。
これはなおさら、人脳が疎結合化されサブシステムに分解された問題を解いていることを意味している。実際、ネズミの脳に比べて領野の分割がはっきりとし、領野の数が増えていることが疎結合型のdivide and conquer型のアーキテクチャであることを証明している。

(現実の世界の問題は巨大であると同時に疎結合だ。ごく最近CPUがGHzになって初めてコンピュータは現実の世界の巨大な問題を解く事ができるようになった。だから疎結合でよい。それ以前のコンピュータは能力が低すぎて現実の問題を解く事はできず、マルチタスキングがどうのテキスト処理はどうのというコンピュータの為に作られた(離散記号からなる)問題を解くのに使われていた。現実でなかったから主要な問題が疎結合でなかったのだ。)

というわけで、コンピュータに要求される現実の問題は今後ますます勝手に疎結合になっていく。そして疎結合の程度が非常に高まったものはmapとreduceで始末することが可能になる。

このようにして将来に向かってさらにmapとreduceみたいなもので解ける問題のclassは増大していく。

だからmap-reduceは特殊な狭いものとは言えない。




もっとも同じ佐藤氏の記述(3月2日)

ただそれ以外の分散処理もなんとかMapReduce/Hadoopに集約する方向にいく可能性はあります。

とあるのは、佐藤氏もmap-reduceが主流になる可能性を考えているのかも。

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日本語は英語より速く読める?

 ところが、同時通訳稼業に就いてサイトラ、すなわち「Sight tranlation(黙読通訳)」をするようになって、この考えがコペルニクス的転回をとげた。

 サイトラとは、スピーカーが文章を読み上げるような場合、その原文テキストを事前に入手して、目は文章を追い耳はスピーカーの発言を確認しながら訳出していくやり方のことである。(中略)

 このサイトラを何度もやっているうちに、日本語のテキストからロシア語へサイトラする方が、その逆よりはるかに楽なことに気づいた。

(中略)

 表音文字だけの英語やロシア語のテキスト、あるいは漢字のみの中国語テキストと違って、日本語テキストは基本的には意味の中心を成す語根に当たる部分が漢字で、意味と意味の関係を表す部分がかなで表されるため、一瞬にして文章全体を目で捉えることが可能なのだ。(中略)

……黙読する限り、日本語の方が(ロシア語より)圧倒的に速く読める。わたしの場合平均6、7倍強の速さで、わたしの母語が日本語であることを差し引いても、これは大変な差だ。

米原万里「ガセネッタ&シモネッタ」(文春文庫)より
mmpoloの日記をとおして引用

まえからこの文章をさがしていたのだけど、やっと見つけた。米原万里によると漢字仮名交じり文は七倍はやく読めるのだ。ネイティブ補正は必要だけどそれでも速いのではないか。

他にも、前に同僚だったダニエルが同じようなことを試したことがあるらしい。同等の内容を英語と日本語で書いてそれぞれネイティブに読んでもらったら日本語の方がかなり速かったとか。彼は心理学をやっていた人なので、方法は信頼できるのではないかと思う。

あと、世界の中で映画を字幕で見るのはほとんど日本人だけなわけだけど、これも日本語は読むのが速いからではないかと言われている。

(昔は漢字はゆっくりなくした方がよいと思っていたけど、これがそれは待った方がいいと思うようになった理由。)

このあたりについて、もっとちゃんとした、心理学実験の結果はないのだろうかと思っているところ。

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非可逆性と量子力学について

純粋な量子力学の範囲内で非可逆性を導出できると思う。「純粋な量子力学」と断る理由は例えば状態の代わりに密度行列を使った量子力学の拡張で非可逆性があることはPrigogineらがすでに言っているが、それではないことを言っているからである。ここでは状態は波動関数である。

系が空間無限大まで広がっていて、粒子を外に向かって放出できるなら、非可逆性があることを示すのは簡単である。(それもPrigonigeと仲間、例えば田崎秀一さんとかがやっている。1粒子だけど。多粒子への拡張は核分裂の連鎖反応をモデルにすれば簡単だと思う。)

私は「それだけではダメだ、有限の空間でも非可逆性があることを示すことが出来ないと」と思っていたけど、そうでもないかも。現実の世界は実際に無限大で、熱力学的系は無限遠に向かって赤外線とかを放射するわけだから、有限系よりは無限に広がった系の方が現実であると言える。
(なぜ自分が有限の孤立系に固執してしまったか考えると、古典的な統計力学はミクロカノニカルを出発点にして、カノニカル、そしてグランドカノニカル、つまり開放された系に進むのだけど、その典範に足を取られてしまったのだなと思う。)

しかし、あえて有限サイズの孤立系という非現実な系を基準にして無限遠への赤外線の放出を摂動として考えるよりも、無限に広がった開放系を基準にして断熱して孤立系に近付けていくという考えの方が現実的なのではないだろうか。というか非現実を世界理解の基点に置くのは間違っているのではないかと考えるようになった。

このとき、放出された粒子の場(例えば熱い物体から出る赤外線、連鎖反応の中性子)などの波動関数の状態空間を外向き波に限る。つまりpoleが上半面に限る。これを合成して内向き波を作る事は出来ない。だから、このようなエネルギー的に連続な状態にcoupleした系は状態の空間を時間的に非対称にできる。事象は必ず減衰になる(時間発展オペレータの固有値の虚部が正定値)。

で、これで充分なのではないか?

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で以上はなぜ世界は時間非対称なのか?という哲学っぽい問題への答えなのだけど、pragmaticな問題としては今までのところ「熱力学的緩和に向かう非平衡/非定常系の量子力学的記述はできない」と思われていたわけだけど、以上を受け入れれば問題なくできるはず。

特に簡単なのは核分裂の連鎖反応とかだろうけど。あとは誘導放出とかの量子と光がかかわる問題とか。そこらへんの問題で実際になにか新しい予言ができるのじゃないかと思う。

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ガイガーカウンタ入手

まえまえから欲しかった、ガイガーカウンタを買いました。こちらで紹介されているChaneyの組み立て済みです:
http://www.higuchi.com/item/646

これのGM管はロシア軍用DP-5V:
http://d.hatena.ne.jp/nojiri_h/20110530/1306750423
に使われているものと同じようです。

しかし、私のところでは湿度70%くらいをこえると動作しなくなり、困ったものでした。基盤や部品を
http://www.utsunomia.com/y.utsunomia/geiger.html
に従って、アルコールをつけた綿棒で拭いたら改善はしましたが、やはり高湿度の屋外ではだめでした。アメリカの気候でなら動くんでしょうけど。どうも一番クリティカルなのは整流ダイオードと抵抗の間の短い区間のようです。この区間にプローブで触れると動くようになることに気がつきましたので、ダイオードの後にビニール被覆線をつけたら安定して動くようになりました。多分 http://www.higuchi.com/item/628 の図にあるコンデンサのような役割をするのだと思います。10cmで陰極から2,3mmですから10pFくらいではないでしょうか。

それで、予想どおり排水溝の周りは放射線が数倍程度になることとか、バナナ1本で10cpmくらいになることとか。あと研究所の放射線管理区域に近付いていったりとかして楽しみました。

校正はしていないけど、まあ感度はほとんどガイガー管で決まってるので、さほど誤差はないでしょう。インターネット情報と自分の情報を突き合わせれば120cpmあたり1μSv/h、自発発火は12cpmくらいでつじつまがあっているようです。

まえから秋月のガイガーカウンタを買おうと思ってて、販売終了になった時は残念だったけど、むしろこっちで良かったです。秋月のは感度が低くて500ベクレルくらいの食べ物を検出したりは出来なかったでしょうから。

しかし言われているとおり、ガイガーカウンタを手に入れると放射性物質が欲しくなるな。

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プラズマ閉じ込めについて妄想してみる

福島の災害をみながら、原子力に代わるエネルギー源はないだろうかなどと考える。それで核融合のプラズマ封じ込めの良い方法はないだろうとか考える。

ミラー磁場の閉じ込め性能はけっこうよい。
端でのプラズマのもれがなければ核融合条件をみたせる程。
ならば単にトーラス状装置を二つにぶった切って、ミラー装置のはしっこにつないでレーストラック状にすればいいだけではないかと思った。

もちろん当然こういう素人にも思い付くようなものはプロに思い付かないはずがないので、なにかこのアイデアには致命的な欠陥があるはずなんだけど。(まあ、数学とかでまれーに「高校生が未解決問題を証明」とか出てくるので、極めて低い確率で素人が何かを当てることが無いわけではない。)

では、どこがダメか考えてみる。

まず考えたのは粒子の衝突。荷電粒子は小さな半径で磁場に垂直な方向に回転している。そのような粒子同士が衝突すると、回転の中心がずれる。ずれの方向はランダムなので結果はランダムウォークによる拡散になる。
これは古典拡散と呼ばれているらしく、どの磁場方式でも問題になっていないところを見ると充分小さいらしい。

次が新古典拡散で、これは自分で思い付くことができなかった。それどころかまだ理解していない。
これはトーラス上の粒子の軌跡はわざとねじってあって(後述)そのために粒子がトーラスの内側に行くわけだけど、内側の方が磁場が強いために、トロイダル方向の運動量が小さな粒子は反射されてしまう。これをバナナ軌道というのだけど、バナナ軌道の粒子(補足粒子)が散乱されると古典拡散よりも大きな拡散が起きるらしい。

しかし、上のアイデアではこれは関係ない。ミラー装置部分には新古典拡散はないはず。そして半分に切ったトーラス部分には粒子を閉じ込めるためのものではなくて、単にミラー装置から出てしまった粒子をまたミラー装置に戻すためだけだし。むしろその目的からすると、トーラス部分に閉じ込められてしまった粒子はすみやかに排出されるのは好都合だし。直線部(ミラー装置)から直線部に向かう粒子は定義からして非補足粒子だから新古典拡散は関係ないはず。さらに、トーラス部分の磁場を広げて粒子密度を下げて散乱を防げばいいのでは?

で、じつはミラーにトーラスを繋いだような装置は「バンピートーラス」といってすでに検討されてはいるらしい。たとえばKadomtsev(Pregamon press, 1960)。しかし、多分これらの検討はむしろトーラスの変型として考えられていて、半トーラス部にも粒子がいっぱいある事が前提なのではないかと思う。そこに粒子をあまり置かないというのがこの考えの新しいところ。

で、次に考えたのは不安定性の基本、荷電分離。磁場の強さが内側と外側で違う時、ラーモア運動はきちんと円を描かずにちょっと上にずれたところに戻ってくる(トロイダリドリフト)。そしてその向きが正電荷と負電荷の粒子で反対向きなのでトーラスの上と下に、荷電が分離する。すると上下方向に電場ができてE×Bドリフトというのによって外側に粒子が吐き出されてしまう。

この荷電の分離は直線部から半トーラスを通って直線部(ミラー装置)に戻ってきた時にやはり分離になるのでまずい。
しかし、これはふつうと同じく磁場にトーラスの短半径方向のねじりを加えればよいはずだ。それにまた聞きだけどKadomtsevの本にあらわれる直線部にしかミラーのないバンピートーラスでも粒子軌道はねじられるらしいし。

あと、ミラー装置の外に出てくる粒子はトーラス方向運動量が大きくて横運動量が小さいはずだから加速器の技術が使えるはず。たとえば4重極磁石で収束させるとか。
(いっそ縦方向磁場で4系統にわけて粒子を戻すのでもよいかも。)

しかし、プロが思い付かないことを素人が思い付く可能性は万に一つもないので、どこが間違っているのだろう?

110621追記
なぜこのままではいけないのか大体見当がついた。

現在、プラズマの磁場閉じ込めで問題になっているのは「異常輸送」だということだ。その正体はまだ十分解明されていないけど、おおまかには電磁場とプラズマの相互作用によって例えると乱流のような構造を作ってそこで大きな散逸が生じるということだ。そしてこの異常輸送を押さえ付けるためにはプラズマを大型化するしかないというのがもっぱらの意見だ。

と、すれば仮に上の磁場配位が上の議論通り実際に良いとしても、異常輸送に悩まされることは同じで、最終的にはITERと同じオーダーに大型化しなくてはならないということだ。なぜならば散逸を生じさせるモードは、グローバルな磁場配位に依存するものもあるけど、多くはローカルな波のモードだろうからだ。だから、いくらよい配位でもオーダの改善はしないだろう。

要するに「どの磁場方式でも大差ないならトカマク一択でいいでしょ」というのがプロの連中の考えなわけか。

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人は勝てる相手にしか怒らない---そして怒りの存在意義について

怒りなどと言う感情はなんの役に立っているのだろうか。いいことなんて無いじゃ無いか。という意見は時々見かける。(たとえば、怒るメリットって何かあるんだろうか - 諏訪耕平の研究メモ

そうでもないと私は思う。

怒りは、自分の存在を侵害するものに対して戦いを開始するための感情だ。

動物にとっては存在に対する侵害とは肉体を損壊することだ。それは危険な他の動物としてやってくる。そのとき動物はまず相手が勝てる相手か見極め、勝てないと判断したら恐怖を感じて逃げ出す。反対に勝てる相手だと判断したら、怒りを起こす。人間の場合は肉体の損壊が危ぶまれるような状況はあまり無く、存在に対する侵害というのは大抵の場合、精神的なものだけど。たとえば自分のプライドが傷つけられたり、自分の信念が揺らいだりだ。

だから
人は「怒っても大丈夫」と確認してから,怒る。 - 諏訪耕平の研究メモ
の記事が言うように、怒りを発する一歩手前に人は、というか動物でさえ、一瞬「おれはこいつに勝てるのか」と本能的に値踏みをするようにできている。

人のプライドや信念は意外と簡単なことで傷付く。たとえば自分より劣っていると思った相手が最近成長してきて自分を追いこしそうだとか、ファッションにうるさい人にとってはださい格好をした人が受け入れられているとか、自説への反論を妙に自信たっぷりにされて一瞬心の中で揺らいだたとか。こういう時相手に勝てそうだと思ったら人は怒りを爆発させる。

で、動物にとっては必要だけど、人間に必要なのかというと、このようなプライドや信念の些細な危機くらいでいちいち怒る必要はないだろう。当人にとってはそれで勝ったら気持ちいいかも知れないけど、全体最適とはいえないだろう。

人間にとって怒りが意味を持つ状況はたとえば、権力が人権の抑圧や残虐をすることに怒るという場合くらいじゃないかな。そこで上で言及したエントリの

田中芳樹さんだったかな,「悪に対して腹を立てないというのは人間らしくない」というようなことを書いておられたのは印象的だったんですが,

という言葉が意義をもつ事になる。

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